2009年10月2日金曜日

 

MASKELI BESLER (マスクをつけた5人)を見ています。

前に買って持っていたDVD,MASKELI BESLER(マスクをつけた5人)を見ています。
本当に、おもしろいです。
ずっと、ドリフのような分かりやすい笑いが続きます。
ドリフと言っても、トルコ映画なので当たり前だけど、ところどころ、ちゃんと、トルコの人たちだなと感じる場面が出ます。チャイを飲んでいたり、ハマムに行ったり、トルココーヒーを飲んでいたり、トルコダンスを踊っていたり、バックがオルタキョイのモスクだったり。
単純に楽しめます。きっと、トルコの子供たちも、笑って見られる映画なんじゃないかなあ。
 物語は、子供時代、寮(施設?)から始まります。6人で夜、台所に入って、こっそり食べまくっていたところ、そのうちの子供の一人テキンに告げ口されてしまいます。そして、27年後、それぞれ、とってもしょーもないどんくさい、小さな罪を犯して、刑務所で一緒になった5人は、5人で刑務所を出ます。テキンはお金持ちになっているみたい。おじさんのかわいそうな子供の病気を治すためには大金が必要なことを知った5人は、簡単なマスクをつけて、銀行に強盗に入ったりするのですが・・。
 実際はありえないことは、百も承知。単純で馬鹿で、でも、人情味あふれる人たちの、コメディーです。

追記
途中、イスタンブールの動物園に行きます。なつかしいなあ。
会話が親しみやすく分かりやすいです。オールム(息子よ)、アーベイ(あにき)と5人の仲間で声を掛け合って、とても仲がよいです。

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2009年8月21日金曜日

 

韓国ドラマ「愛に狂う」を見終わりました。

「愛に狂う」という韓国ドラマを見終わりました。
トルコにこのドラマが直接関係があるというわけではないのでけど、
「ユン・ゲサンといくトルコ」という番組を友達が撮ってくれて見せてくれて、そのつながりで、ユンゲサンが出ているドラマをということで貸してくれました。
その人の恋人を過って車でひいて殺してしまった人と、そうとは知らずに恋に落ちてしまうというストーリー。
このドラマを見終わった今は、「本当の愛」「純粋な愛」そういうのを見せてもらった気持ちです。
こういうのを見ていると、うまくいかない恋愛というのは、愛に純粋さが足りないからなのかな、2人とも本当に好きではないからなのかな と思ってきます。
主人公の女の人は、ミニという女の子から、上品だと言われますが、途中で、「あなたは私のことを上品だと言ったけれど、私は上品じゃない。あなたの髪を引っ張ることもできる。私たちにかまわないで」と言います。
人はいろんなところで間違いを犯すし、こんな完全に近い愛が成立することは難しいとは思うけれど、本当に愛し合った2人を見られて、このドラマを見ていて、よかったなという思いです。
ユン・ゲサンは「ユン・ゲサンとトルコに行く」という番組でも、自分の気持ちを素直に語っていて、
最初は、歌手から俳優への転身をファンの中にもよく思わない人が多くいたこと、でも10年、がんばって、自分では、根性があると思っているということを語っています。
また、実生活で、自分は忙しいときに、恋人をふったけれど、今一番にしたいことはその別れた恋人に会うこと、実現しないけれど、と言っていました。そして、今は自分の中でとても愛が重要な位置を占めていることを知っているので、今度、本当に好きな人と出会って、もし、その人が俳優をやめてほしいといえば、やめるかもしれない とトルコの景色を前に語っていました。
そういうユン・ゲサンだから、こういう役が演じられたんだろうな。(彼女の恋人をひき殺し、のちに数々の困難を乗り越えて彼女と愛し合う役)。
こんな風に、すっかり、ユン・ゲサンの人柄にファンになっていますが、
「ユン・ゲサンといくトルコ」の後半をまた、友達が撮っていてくれているので、そちらも楽しみにしています。前半の、ケバブや水たばこ体験に続き、何が出てくるでしょうか・・

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2009年6月5日金曜日

 

映画 そして私たちは愛に帰る を見てきました。




映画 [そして私たちは愛に帰る」 を見てきました。
日本でトルコ映画を映画館で観たのは、はじめて。
トルコの映画館では同じ作品を見ていました。そのとき、よく分からなかったので、
今度はトルコ語ではなく、日本語で見れるということで、とても楽しみにしていました。

????
見終わった感想です(笑)
分からなかったのは、言葉の問題だけではなかったようです。

生きたトルコ語を聞いたり、トルコの景色を見るのは、久しぶりでインパクトがありました。
印象に残ったのは、
反政府運動をしている女の子たちのアパートの一室に、警察が踏み込み、パトカーに連れられて行くとき、「私の名前は・・・。自由を」と大きな声で自分の名前を叫び、パトカーに入っていったこと。
それを、露地で見ていた野次馬の人たちが、その行為に拍手を浴びせていることでした。
いろんな政治背景や歴史などが分かるともっと分かる映画なのかもしれません。

物語は、ドイツで始まります。トルコ人娼婦のところへ、トルコ人の男性老人が訪れます。
何回か通った後、「あなたの稼ぎと同じだけの月給を僕が払うから、うちに来ないか?」と彼女に声をかけます。
この娼婦は、家に来ますが、次の日、老人が殴ったことにより、死んでしまいます。
この老人には息子が一人、ドイツの大学で教授をしています。
彼は、この娼婦から、「娘が一人いて、彼女がトルコで勉強中であること、そして、彼女に勉強させるために、自分は、靴やで働いているとうそをついて、娼婦をやって稼いでいる」と聞いています。
この娼婦の死後、大学教授の職を辞し、
イスタンブールに行き、その娘を見つけ出し、経済的な援助しようと考えます。
イスタンブールを歩いているとき、ドイツの書籍を扱う本屋を見つけ、買い取ることにします。
そして、ある日、休暇をとって、父の故郷、トラブゾンへ。父が来ているかもしれないと思ったようです。
その海岸の砂浜に腰を下ろし、長い間座ったままの場面でこの映画は終わります。

並行して、もうひとつの物語が流れています。
この娼婦の娘の物語です。
彼女は、イスタンブールで、反政府運動に加わっています。「貧しいものにも教育を 」と訴えかけています。ところが、仲間がつかまり、ドイツへ亡命します。
ドイツで、大学の食堂が一番安く食べられるからと、大学(この大学は、さきほどの息子が教授をしている大学です)に潜り込んでいます。そこで声をかけて女の子と友達に。(友達以上、同性愛)
ドイツの靴やで働いているお母さんを見つけようと探しますが見つけることができません。
そうこうしているうちに、見つかって、政治犯としてつかまります。
捕まっているところへ面会に来た大学で知り合ったさっきの女の子に
「隠していた銃を取り出して、仲間に渡す役目」をお願いします。ところが、手に入れた銃の入ったかばんをストリートチュルドレンに奪われ、その子らの一人に撃たれて死んでしまいます。
彼女の死後、この女の子のお母さんは、イスタンブールにやってきます。そして、彼(大学教授)の本やを訪れ、トラブゾンに行くために休暇ととっている間、この本やで番をしているというめぐりあわせがあります。

ちょっとのところで、重なり合うはずの運命が少しずつ、ずれることによって、すれ違い、
別々の人生を生きています。
そして、2組の、トルコ人親子。
ドイツに住む父子。お父さんは、子供のためならなんでもというくらい愛している。でも、かみ合わない。
娼婦を殴って殺してしまったお父さんを、認められなかったり、どこかでは認めていたり。
そして、いつまでも、トラブゾンの浜辺にいる。
ドイツで娘のために娼婦をやる女性。その女性の娘は、「貧しい人に教育を」と、社会運動をして、逃げている。娘も母も、お互いに会いたがっている。でも、会えないまま、お母さんは死んでしまった。

この映画、どこも、どれも、きれいな幸福物語に収まらないで、
そのまま、どうしようもないまま・・・
永遠に海辺に座っている最後の場面のような状態です。

最後の場面。
ずーーっと海岸で、もと大学教師の青年が座っているだけの場面。
トルコだと、映画館では、終わりの音楽が鳴り始めると、みな、帰ってしまいます。
日本だと、電気がつくまで、誰も帰らない。
不覚にも、この、最後の座っているだけの場面で、少し居眠りをして、すぐ目が覚めました。
まだ同じ場面だった。。。

数々の賞をもらったこの作品。
私が分かるには、もっと何回も見る必要があるかな。
それとも、こういう(すっきりと片付けられないところがいい)映画なのかな。

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2008年7月7日月曜日

 

hamam (ハマム) トルコ映画

ハマムという映画を観た。トルコで誰かに勧められ買ってきていたDVDだ。
たぶん(トルコ語なので、ちゃんと理解できてないところが多いなりに理解したところによると)
イタリアからある夫婦がやってきて、男性の方がハマムを買って経営することになった。
トルコの家族の在り方、朝食の方式などは独特で、
そこに、なじんで若い男の恋人までできてしまう夫の方と
モデルのように背が高い、観光もしない朝食もとらない婦人はすれちがっていく。
最後には彼女がトルコを去ろうと決め、
その日、夫の方は、何者かに刺され死んでしまい、婦人は、今もハマムの場所にいる。

あんまり感想はない。
トルコのチャイを家で入れてみようかなと思ったくらい。
もう一度見てみようと思います。

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2008年5月13日火曜日

 

トルコ人に読まれている「SAYURI」 トルコ人の知っている日本人の名前

「SAYURIという本を読んだ。芸者について興味をもった。」とたくさん芸者についてトルコ語の先生に質問されたことがありました。何人かトルコ人の人から「SAYURI」という本については耳にしました。
芸者の映画を観たとよく言われました。私は、その3、4年前の当時トルコにいてトルコ語では分からないので本も読まなかったし映画も観なかった。でも、何人か日本人の人にこう聞いていました。「さゆりは第一日本人じゃない人が演じているし、本当のこととかけ離れていると日本人には不評らしい。」そのことをそのままトルコ人の人にも伝えたりしていました。
芸者のことを急に聞かれて、私は、芸者は仕事の一つということと、品が重んじられるものだと答えたような。それから小学校の高学年のころ、芸者になりますと言って、親元を離れて地方から一人、京都に行ってしまった子がいて、お別れ会をしたことを思い出していた。 ようは、それくらいのことしか、分からなかった。
 
 今、日本のDVDを借りてみました。
 memorys of a Geisyaと副題がついた。
日本人でも、どきどきする世界。さぞ衝撃だったろうな。
全部日本なのに、英語を上手にみんなしゃべっていて、日本語字幕・・っていうのが、関係ない話だけど、変だなと思ったけど。厳しい世界の話だけど、景色や女性たちが美しくあでやかでした。
 置屋のお母さんを日本の大女優、桃井かおりさん。橋の上で子供時代のさゆりに話しかけ芸者になる決心をさせた会長さん役に、私が世界で一番好きな俳優さん、渡辺 謙さん。
 芸者について、売れっ子芸者がさゆりに教えるとき、こう言っていた。「覚えておおき。芸者は娼婦じゃない。かといって妻でもない。芸者は体でなく芸を売って秘めた世界を作り出す。芸者は動く芸術作品・・・」と言う場面があった。全部をけして見せてはいけない。じらす。旦那が芸者を選ぶそうだ。
 映画の中で渡辺 謙の演じる会長さんが、いいことを言った。「幸せなんて望めない高望み。何もないのが幸せなのだ。桜の花のように、その幸せもすぐに過ぎる。」と。
 イメージしていたのと違い、いい意味で期待を裏切られた。私は、この映画、好きだった。
 「無だけが残るのです 化粧をするのは素顔を隠すため 目には深い悲しみの水・・ 芸者は何も求めることなく 何も感じてはいけないのです 浮き草のような世界で 芸に生きる女 踊ってー 歌ってー 客を楽しませる 客に仕えてー あとは闇に包まれー あとは秘密の世界に消える」
最後には、会長さんへの気持ちが通じて、SAYURIはこう言う。 
「ご存知でしたか。橋の下でお会いしてから 私が今まで歩んできた道のりは あなたに近づくためのものでした。」
トルコでSAYURIが話題になっていてから、3、4年越しくらいにこの映画を観ましたが、思い描いていたよりずっと好きな映画でした。ただ、これが芸者の世界をちゃんと描いているかというと、私も知らない。ただ、映画として好きなだけ。

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2008年3月9日日曜日

 

トルコ映画の仕入れ

トルコ映画を買いに行きました。映画を買うなら、「カミヨン」というショッピングセンターのD&Rが大きくて品揃えがよいと思います。私が買ったのは6個。

  1. Gönül yarası (1000円)   これは、前に観てよかったので、自分の手元に置いておきたくて買いました。
  2. Cem yılmaz  Bir Tat Bir Doku  (1500円) 私はジェム・ユルマズのファンなので、DVDが欲しいなと思い続けていて、見つけたので、すぐに買うことにしました。
  3. Hamam   (1000円) トルコ映画でお薦めは?とトルコ人の人に聞いたら、この作品の名前があがったので、試しに買ってみました。
  4. Üçüncü Sayfa  (2000円) DVD売り場を見ていて、Zeki Demirkubuzという監督の作品がたくさん見られました。この監督が好きだというトルコ人の人の話も聞いていたので、この監督の作品をひとつ選んで買ってみることにしました。
  5. Doktor civanım  (1000円) どうも このKemal Sunalという人はコメディー俳優のようで、たくさん作品が出ていました。ひとつ選んで買ってみることにしました。
  6. Water warld  (500円) これは、ご存知の通り、トルコ映画ではないのですが、この映画のトルコ語はおもしろいよと聞いていたので、買ってみることにしました。多分乱暴な、辞書には載っていないようなトルコ語の単語や表現が出てくるのではと思っています。

全部で7000円の出費でした。日本に比べるとDVDの値段はまだ、安いですよね。まだまだ遠いトルコですが、日本でも楽しめるものなので、大事に持っていたいと思います。

追記

EŞKIYA というŞener Şen の映画もお薦めだとギュンジュさんが教えてくれました。機会があれば買おうと思います。

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2008年3月5日水曜日

 

Zincirbozan

Zincirbozanという映画を観ました。DVDでトルコ映画を買おうと思ってみていたら、お店の人が勧めてくれたので。「ひとつの歴史・・9月12日 と ひとつの歴史の中の顔 」というような副題がついていました。
正直、難しくてよく分からなかった。新聞記者ABDI IPEKCIの暗殺で始まり、1980年軍の干渉までエスカレートするテロの事件を扱っているようです。トルコも大変な時代がそれも、近い昔にあったことを、ときどき耳にするのですが。
映画の画像は下で見られます。
http://www.intersinema.com/zincirbozan-filmi-resimleri/


トルコの最近の歴史を把握したくて、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を以下に引用しています。1960年、1980年の2度の軍のクーデターがあったこと、それから、軍の意味合いが日本とは、違ったものがあり、トルコにおいては特別な役目を果たしていることが分かりました。

国父ケマル・アタテュルク以来強行的に西欧化を押し進めてきたトルコでは、その歴史においてケマルをはじめ、政治家を数多く輩出した軍がしばしば政治における重要なファクターとなっており、政治や経済の混乱に対してしばしば圧力をかけている。1960年に軍は最初のクーデターを起こしたが、その後、参謀総長と陸海空の三軍および内務省ジャンダルマ(憲兵隊)の司令官をメンバーに含む国家安全保障会議(Milli Güvenlik Kurulu)が設置され、国政上の問題に対して内閣に圧力をかける実質上の政府の上位機関と化しているが、このような軍部の政治介入は、国民の軍に対する高い信頼に支えられていると言われる。1980年の二度目のクーデター以降、特にイスラム派政党の勢力伸張に対して、軍は「ケマリズム」あるいは「アタテュルク主義」と呼ばれるアタテュルクの敷いた西欧化路線の護持を望む世俗主義派の擁護者としての性格を前面に打ち出している。軍は1997年にイスラム派の福祉党主導の連立政権を崩壊に追い込み、2007年には公正発展党による同党副党首の大統領選擁立に対して懸念を表明したが、この政治介入により国際的な非難を浴びた。8月29日には、議会での3回の投票を経てアブドゥラー・ギュル外相が初のイスラム系大統領として選出された。

[編集] 軍事

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2008年2月20日水曜日

 

トルコの映画でお薦めは??

トルコの映画でよかったと思うのは、「GONUL YARASI」それぞれの心の中に、心の傷があるけれども、人生というのは、思わぬところで思わぬ花が咲くこともある、不幸の中に、予期せぬ幸せが生まれることもある、そういうことを感じられた。 とっても泣いたのは「ILK ASIK」 「DUVARA KARISI」も、激しかったけれど、心に残った。 「GORA」は、もちろん、大好き。トルコ万歳。ジェム・ユルマズの多才さに感心しました 「BEYAZ MELEK」、「MUTLULUK」は現在のトルコの社会問題を扱ってよくできている映画だと思った。 「HABABAM SINIFI ASKERDE」は、ドリフを思い出す楽しさ。気軽に何回も見られる。 「KURTLAR VADISI イラク」を見たときには、イスラム文化圏というものを初めて意識した。国は違うけれど、結婚式の様子などは、トルコととても似ていた。 日本語でDVDで出ているトルコ映画というと「少女ヘジャル」しか今家にない。トルコの題名は、「Hejar BUYUK ADAM KUCUK ASIK」 自分が生まれたところ、言葉が一番だという、民族のありかたを感じた。トルコとクルド人ということを考えるきっかけになった。 変わったところでは、「O KADIN」。セゼン・アクスの歌だけで綴った映画。こんなにも、伝えるものが大きいなんて。迫るものが、大きいなんて。半年前に映画館で見たばかりなのに、もうDVDが出て、驚きました。すぐ買いました。 「BABAM VE OGLUM」は、最初の方に見て、1990年ころなど、ちょっと前のトルコの様子、歴史に興味をもつきっかけになりました。

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2008年2月12日火曜日

 

「幸せ」(2007年の作品)というトルコ映画をDVDで観ました。

MUTLULUK(意味は「幸せ」)というトルコ映画をDVDで観ました。
この作品は第44回アンタルヤ・ポルタカル映画祭で、Özgü Namal(オズギュ・ナマル)さんが女優賞、Murat Han(ムラット・ハン)氏が男優賞をもらっている他、音楽の賞、ヘアメイク賞、音響賞と、全部で5つの賞をもらっているそうです。
映画を観ての感想は、なんと言っていいかというのが感想でした。
人は生まれた国を地方を背負ってその論理の中で生きるものだし、また、同じ場所でも、その時代年代を背負って身につけて行動します。
逃れることはできないし、自分の弱さも他人のささやきも手助けも偶然の現れて出くわして今があります。
 この映画は、トルコ東部のワンのある田舎町で、17歳のメリエムが乱れほうけた状態で湖のほとりで倒れていて、見つかるところから始まります。どうも、犯されたような跡があります。
その後、家で閉じ込められています。何を聞いても覚えていない、何もしていないと言います。その後、家族は風習によって、彼女が罪を犯したこと、よって、殺さなければならないと決意します。最初、家族に自殺をうながされますが、とげられませんでした。その後、メルエムを殺す役目が、ガバル谷の特殊部隊で兵役を終えたメリエムの近い親戚のジェメルに与えられます。2人は一緒にイスタンブールに行きます。そこでメリエムを殺して、ジェメルは村に戻る予定でした。しかし、メリエムが橋の階段から飛び降りて死のうとした瞬間、助けてしまいます。メリエムはもう村では生きていけないし、(結婚前に処女を失った女は村では恥とされ、生きていくことが難しい。)ジェメルもメリエムを殺さないでは村に戻れません。
あてもなく、さすらい続けることになります。そこで、偶然から、イスタンブールでの大学教授の生活をやめて、船で海に出ていたイルファル氏と出会います。彼は、今までの優雅な暮らしに飽きて妻とも別れて船に乗り込みました。すべての特権や生活を放棄した今、自分自身の人生の主に初めてなったと言っています。イルファルの船でメリエムとジェムルも暮らすことにします。
最初、ジェメルは、イルファル(元教授)に、「彼女は学問がないので、失礼なことがあれば申し訳ないです」と言います。イルファルは、「いいや、彼女は頭がいい、それに、働き者で彼女のおかげでどこもかしこもピカピカだ」と褒めます。イルファル(元教授)は、前の妻にも、「彼女は賢くて、あなたの周りの人間のようなしゃべり方をしないし、何も離す必要もない、目を見ればすべてを理解できる娘だ。」と褒めます。
前の妻は理解せず、恋愛の話にしか考えず、ジェメルに、「2人に気をつけたほうがいいわよ」とささやいて帰ります。

イルファル(元教授)は、考えの新しい、都会(イスタンブール)の人なので、一緒にダンスをするように言ったり、ジェメルにも食卓の準備をするように言ったり、メリエムにネックレスをプレゼントしてつけてあげたりします。ひとつひとつのことが、村とは違いとまどうのは、ジェメルのほうです。
食卓の準備は女の仕事だと断ったり、ネックレスをもらった彼女をののしり責めたりします。彼女は、「あなたのために買ったのに、断るのは恥ずかしいことだと言われた。どうして断れるの?私にネックレスをつけてくれたことには驚いた。」と言いますが納得しません。また、もの売りに近づいてきた男たちと会話が続きそうだったので、メリエムが船
室に隠れようとしるところを見かけたジェメルは過剰に反応して、男たちに、彼女に何を話しかけた?と、どなっています。 
自分が酔っ払って寝ている間に、イルファル教授と彼女が出かけたことがありました。待っている間に、だんだん頭に血が上ってきたジェメルは、メリエムに怒った後、イルファルに襲い掛かり、縄さえかけて殺しかけます。彼女が空砲をならして、叫びます。「誰も私がどんな風に感じているなんて考えない。どうして、ジェメル兄さんは私を殺さなかったの?」と。それで、ジェメルは彼女のもとに駆け寄ります。
その夜、二人は、向かい合います。イルファルは、彼女は自分にとって娘のような存在だと諭します。ジェメルは、「彼女は汚れている。」と言います。イルファルは、「彼女は他のどの人よりもきれいだ。」と言います。そして、「何があったかは想像がつく」と言います。「本で読んだことがある」と言います。
最後には、「彼女のことが好きなのか?」と聞きます。「はい、好きだ。」とジェメルは初めて言います。
それからは、男2人はまた仲がもどったようです。しかし、男2人が船から離れたスキに
村人たち3人が彼女を小型ボートで襲い連れ去ります。村人たちの風習にとって、罪をもった恥である娘を殺すことは、正統性のある仕事なのです。追われながら逃げて海岸で転んだ彼女は、思い出します。自分の親戚のおじさんが自分を犯したことを。思い出しながらおじさんを恐れる言葉を発しながら狂ったようになったメリエムに追いついたジェメルもそこれ、事実を知ります。平気で彼女を処罰しなければならないと言い続けていたおじさんは、実は彼女を犯した張本人だったのです。ジェメルは鉄砲でおじさんを殺そうとしますが、彼女の顔を思い浮かべて思いとどまります。去っていく彼の背中で銃声が鳴ります。家族の男(お父さんかな?)がおじさんを鉄砲で撃ったのです。
最後は、ジェメルとメリエムが2人で海岸に座るところで終わります。

家族の女(多分お母さん)が娘に自殺を勧めたこと、それから、村人の女やイスタンブールのスカーフを巻いた女性もメリエムにとても冷たかった。本来見方であるべきであるはずの女性が、より一層、冷たい視線を向けるのは、一方で理解できる気がした。自分は同じ種類ではないという保身。

この作品の背景では今も村で行われているという「道徳殺人」があります。トルコでは結婚前の交渉は、女性に限って基本的に許されておらず、特に田舎では、初夜の翌朝、村人に血のついたシーツを見せる風習さえあると言います。
そして、結婚前の娘が処女を失った場合、それは、家族の恥になり、家族の手によって村人に分かる形で殺される場合も多いというのです。この話を知ったときは衝撃でした。誰にも言えなくて、本当かどうかも確かめられませんでした。でもこの話は、トルコ人なら誰でも知っている話でした。もちろん、トルコの人たちも、このことがとても悪いことだということは分かっているのです。
イスタンブールの人には、自分とは直接関係のない東部の村の話をいう意識があるようです。この話題は、映画で本でドラマでとよく扱われるので、もう飽きているという意見も聞きました。
トルコの人たちはこの映画について、どういう感想をもったのでしょうか。今度は、トルコの人の感想を読んでみたいと思います。

この作品は最初、本で出てから映画になったようです。
トルコの人の感想をインターネットで拾ってみると、トルコではよく描かれる題材のようです。トルコの東部での悪い伝統を、よく表現したと言っている人もいました。

http://www.mutlulukfilm.com/

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2008年1月24日木曜日

 

BABEL を DVDで観ました。


音声が英語、トルコ語、字幕がトルコ語。
私はトルコ語の音声字幕で、観ました。
ひとつの拳銃。日本の男がそれを渡し、拳銃はモロッコに渡る。モロッコの村で子供が発砲し、バスの中のアメリカ人にあたる。撃たれた女の人の子供たちは、別の場所にいる。
日本人、モロッコ人、アメリカ人・・・言葉も風景も全く違う場面が順に映されていきます。
みんなこの、拳銃に関わる運命にある人たちだけど、BABELという題名が示している通り、言葉も世界もあまりに違っている。
日本を外から見ると、私の知っている日本と全然違った。でも、そういうところも確かにあると思った。



  • ブラット・ピットが出ています。

  • トルコ人2人から、いい映画だからと薦められました。

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2007年12月17日月曜日

 

O KADIN  国民的歌手、セゼン・アクスの歌で綴る映画




O KADINという映画、12月14日から公開になりました。少し変わっていて、映画の間中、セゼン・アクスの歌が流れ続けます。歌にそって、ストーリが用意され、おじいちゃんとノートを書く女の子の場面が挟まります。

歌の歌詞がダイレクトに響く、いい映画でした。

今まで他のところで聞いていた有名な歌でも、実はセゼン・アクスの歌だということは多くて、彼女の歌の多さ、深さに感心しました。人生のつらい場面を歌った歌、多かったです。

主人公はYEŞİM(イェシム)という女の子です。Selin Demiratar(セリン・デミラタル)という女優さんで、トルコドラマによく出ている人だそうです。いかにもモデルらしいようなきれいな人でした。彼女にはお金もちのかっこいいご主人がいるみたいです。演じるのはBurak Hakkı

(ブラック・ハック)、車かたばこのコマーシャルが似合いそうな人です。そこに現れるのが、Okan(オカン)。バンドでギターを弾いたり、写真を撮ったりする、奥さんとかわいい娘のいる人。偶然、近所に引っ越してきて、微妙な関係のまま、倒れて病院に運ばれたまま、亡くなってしまいました。このオカンの役をするのは、「Bin Bir Gece」でオヌル ベイの恋敵を演じたTardu Flordun(タルドゥ・フロルドゥン:写真の人)さんです。私のタイプではないのですが・・・圧倒的な存在感で、いろんな表情をよく出していました。

主人公のイェシムが愛してまう男性の役で、遊び人風だったり、つらそうだったり、独特の味を出していました。

このイェシムのストーリは、常にセゼン・アクスの歌にのって、演じられます。その合間合間に、おじいちゃんーーErol Günaydın(エロル・ギュナイドゥン)、この人は、今上映中の「Beyaz Melek」にも出ているのですが、本当にいい俳優さんです。ーー彼が人生を語るように、含蓄のある言葉を諭すように語るのです。横でかわいい学生風の女の子がメモもとっています。

もし機会がもてたなら、また観にいきたいなと思っています。

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2007年12月8日土曜日

 

トルコ語で観る日本映画

DOLLSという北野 武 監督の映画をDVDで観ました。なんと、トルコ語音声、字幕のついたものを、トルコ人の人が貸してくれたのです。
日本よりも日本っぽい印象でした。
赤の色が印象に残って、無償の愛だけが残っていて
人形浄瑠璃の場面がそのまま出てきたような、ちょっと変わった世界でした。
主役は西島 秀俊 と 菅野 美穂。

http://www.bandaivisual.co.jp/kitano/dollいs/intro.html

(あらすじ)
愛し合っていた2人がいたが、彼のほうは、親が決めた結婚相手と結婚を決める。結婚式のとき、愛した彼女が現在病院にいることを知り、結婚式を抜け出して彼は病院にかけつける。そこで見た彼女は放心状態で何もできない状況で座っている。彼は彼女と2人、病院を抜け出し歩き始める。壊れてしまった彼女と彼は歩き続ける。

もうひとつ、トップスターだった彼女が目を失い、熱狂的ファンだった男が自分の目をつぶして、彼女に会いにいくストーリーも同時に流れる。彼女が自分の姿を見られたくないだろうという理由から自分の目を見えなくした男と、彼女は話をし、何らかの安らぎを感じているようだ。

2つの愛のストーリーが流れる。破壊的な、あまりに無能率な愛の姿。
異色の映画。

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2007年12月5日水曜日

 

Günül yarasıというトルコ映画をVCDで観ました。

友人が私がきっと気に入ると思うと勧めてくれて、一緒に鑑賞しました。

田舎で小学校の先生をしていたおじいちゃんは定年になって、イスタンブールに戻ります。田舎を去るとき、子供たちや村の人たちに、挨拶をして帰ります。特に女の子は学校を続けるようにと言っていました。クルド語でも村人と話をしていました。
イスタンブールに戻ってきたおじいちゃんには、息子と娘がいます。それから、友人。
友人にこれからのことを相談すると、昼、自分が使っているタクシーを、夜、使って、タクシーの運転手をすることを勧めます。
もう一人の主人公はDünya(デュンヤ)という女性です。彼女には7歳(?)くらいの娘がいます。ご主人は暴力をふるう悪い夫で、夫から逃げてイスタンブールに来て、夜繁華街で歌手をしています。歌手をした後は、お客さんにお酒を飲ませるのも仕事です。彼女の娘は、お父さんの暴力を見たとき、4歳か5歳か6歳か、そのときからずっと声が出ないそうです。
彼女は偶然乗ったタクシーの運転手の、このおじいちゃんと打ち解けます。
バーで仕事をしているところへ、おじいちゃんはタクシーの仕事で迎えに来ていました。主人は、田舎からおっかけてきて、そのとき、暴力を奮おうとして、彼女はおなかにガラスが刺さって入院します。
その後、おじいちゃんは彼女とその娘を自分の家に住まわすことになります。

彼女は、どうして今の仕事をすることになった理由を、こう語ります。
子供のとき、2人の男性に犯されて親は、男たちを責めないといけないのに、cinayet töreni(ジナーエット・トレニ)で娘を処罰しようとします。それで、逃げてイスタンブールに来た、本当はtürkü bar(テュルク・バル)で歌いたかったけど、仕事がもらえなくて、今の仕事をしている、そのときに、主人に恋をして結婚したと話します。
おじいちゃんのほうは、田舎で先生として、人々にsaygı(サイグ)、つまり、敬意をもらう聖職で長く勤め上げました。でもね、奥さんは仕事にあけくれる彼と別れていて、息子は、いつもこのおじいちゃんに家を売る話ばかりしていて、娘も、自分の結婚話のでたときに、このおじいちゃん(つまり、お父さん)に、
話をします。あなたは、他の子供を一所懸命に育てたけど、私が子供時代、病気のときに、全然見てくれなくて、私は病院に連れて行ってもらえなくて、それが原因で今、子供ができない体になった、そういう話をします。おじいちゃんは、自分が自分の娘を幸せにできないで、意味なく、働き続けてきたことを、定年した今、知るんだけれども、それでも、やっぱりまた、生まれ変わったら、同じように働くだろうと言います。
それぞれが、Günül yarası(ギュヌル・ヤラス)、つまり、「心の傷」を抱えたまま生きているのです。

彼女の主人がおじいちゃんの彼女が住む家に迎えに来たとき、おじいちゃんは、主人と行くように言います。彼女は、このおじいちゃんと結婚したかったみたいだった。
結局、田舎に帰った彼女は、しばらくすと、やはり主人の暴力をうけ、おじいちゃんに電話をします。そこにやってきたおじいちゃん。追っかけてきた主人。主人は最後に、Sarı eteki(サル・エテッキ)という歌、「黄色いスカート」という歌を歌ってくれるように彼女に頼みます。それを歌う彼女とおじいちゃんは目を合わせあっていました。おじいちゃんは、彼女のもとに来るときに、もうすでに多分、彼女と結婚するつもりで来ていたようです。でも、その歌が歌い終わったとき、突然、この主人は、彼女を撃ち殺し、自分も死んだ。鉄砲で。
目を見開く彼女の娘。驚いて駆け寄るおじいちゃん。

両親のなくした娘はおじいちゃんと話をしています。そのとき、声が出始めます。お父さんの暴力というショックで出なくなった声は、両親の死という違うショックを経て、再び出るように なったのです。
その後、夜、働きに出るおじいちゃんは、自分の実の娘に、この、彼女の娘を預けます。
悪いことが起こったけれども、子供の出来ない娘のところに、子供がやってきた、悪いところからいいことも生まれた・・
悲しいことも、たくさん描かれている映画でした。印象としては、きれいに作られている、つまり、雑でない映画という印象をうけました。映画自体、よくできています。

どんなにいいことをしようと思っても、やっぱり見方を変えると、すべていい、ということはなくて、どの人も、心に傷をもったまま、生きることになる、そういうことを感じる映画でした。いい、トルコの映画ですよ。

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2007年11月23日金曜日

 

BEYAZ MELEK(白い天使)というトルコ映画を観て来ました。

ずっと前から友達と見に行くのを企画して、観て来ました。
「老人の家」に集まった人たちが、ひとつの車で旅に出るストーリ。?。
真ん中の列の左の人が、トゥルキュと言われるトルコの伝統的な歌の歌手で、老人ホームを見た後に感じることがあってこの映画のストーリを思いつき、書いたそうです。
老人の家では、老人たちが皆で幸せそうに楽しく暮らし、また、別の面では、体を洗ってもらうときに殴られたり雑言を受けたりして虐げられています。
体を洗ってもらうときにたたかれたりするのは、とてもつらい場面でしたが、トルコで実際にニュースになったことがある事実から来ているそうです。
老人たちは、皆でディアルバクルに向かいます。ディアルバクルは住民のほとんどがクルド人という場所だそうです。クルド人もこういういい人たちがいるというメッセージが後ろに込められているという話をトルコ人の人が話していました。

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2007年11月19日月曜日

 

GORA

私はジェム・ユルマズが好きです。名コメディンです。私と同学年だそうです。GARAは、いろんな映画をもじって作ってあります。このシーンどっかで見たなと思うのが、また、笑えるところです。彼自身がストーリーを考え、映画の中でも2役しています。宇宙人にさらわれたトルコの絨毯屋の役と悪役宇宙人役。随所にトルコへの愛情を感じるおもしろい映画です。女3人で見たDVD。楽しい時間でした。

余談ですが、(ワイドショーネタですが・・(^^))彼の車好きは有名で高い車を買ったニュースを新聞で見ました。また、恋人はSIRAという金曜日にやっているテレビドラマに出ているモデルさんだそうです。
GORAのホームページ・・トップページの写真2人とも、ジェム・ユルマズです。

http://www.gorafilm.com/

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2007年11月8日木曜日

 

Yaşamın kıyısında トルコ映画を観ました。

ただ今上映中のトルコ映画です。賞をもらったそうです。
でも私の評価は、5段階の1くらい。

あらすじ

最初、トルコ人のおじいさん(写真一番右)がドイツでトルコ人の女の人を買うことから始まります。
おじいさんのでっぷり太った毛むじゃらな体が出てきて、気持ち悪かった。
おじいさんは、たくさんお金をやるから、うちで住めとその娼婦を家に連れてきます。
家には、息子(写真右から2番目)がいます。
おじいさんは、娼婦だったときのように彼女の胸を触ったりしようとするけれど、彼女は嫌がります。自由にしようとする彼女をおじいさんは、思い通りにしたくて、殺してしまいます。
この彼女、トルコに娘を残してきていて、娘のために働いていて、娘に会いたいと泣く場面もあります。
でも、その娘(写真、真ん中)はというと、トルコでテロを起こし、ドイツに逃げてきます。ドイツで行くところがなくて、さっきの息子が大学教授をする大学にもぐりこんでいるとき、写真一番左の女性と会いレズビアンになります。娘(写真、真ん中)はその後刑務所に入り、恋人(女 写真左)は、刑務所にいる娘に用事を頼まれて用事をしている途中、殺されてしまいます。
母のストーリーと娘のストーリが別々に進み、最後に何か繋がるのかと思えば、繋がらず、何が言いたかったのだろうという感じで、最後、おじいさんの息子(写真右から2番目 この人だけが、清潔感があって、少しかっこよかったです。)が海辺で座っているシーンで終わってしまいます。
ゆがんだ性的な場面が、気持ち悪く感じました。
この映画のよいところは、どういうところなんだろう。
誰かに聞いてみたいです。

題名の意味は、「生活の砂浜」。生活というのは、海と砂浜の境目が細く続くように、厳しく細く、続いていくという、そういう意味だとトルコ人の友人は説明してくれました。

追記
2009年1月27日です。
日本でこの映画が上映されているようで友達が教えてくれました。
それで、公式サイト(日本語のページ)をこのたび、見ることができました。
次のように載っていました。


大学講師の息子と、息子を男手ひとつで育てあげ、余生を娼婦と過ごす父。トルコからドイツに出稼ぎし娼婦として暮らす母と、反政府活動家としてトルコを追われた娘。友人を救うためイスタンブールに旅立つ娘と、彼女の身を案じながらも愛情を示せない厳格な母。3組の親子が運命に導かれるままにめぐり合い、別れ、そしてつながっていく――。2007年カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞、全キリスト協会賞受賞作品。

この映画の公式サイト
http://www.bitters.co.jp/ainikaeru/index.html

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2007年10月18日木曜日

 

少女ヘジャル(トルコ映画鑑賞) 

少し前にDVDを購入しました。
「少女ヘジャル」というものです。
「クルド人の少女とトルコ人の老人のふれあいを描く感動作」だそうです。
私はアマゾンで日本語で見られるトルコ映画を探していて見つけました。
日本人の知り合いは、トルコ語の教材で使われていると話してくれました。

最初の方で、元判事の人のよさそうなおじいさん(ルファトおじいさん)が、
使用人(サハネ)がまぎれこんできた少女にクルド語で話しかけたときに、
「今の言葉はなんだ?」 と言います。
使用人は「10年隠していたことを責めるのですか。」と言います。
おじいさんは「2度とクルド語を使うな。」と言います。

私には違和感がありました。

少女の名前は、ヘジャル。なんと、「虐げられた」という意味だそうです。
少女の家のおじさん(エブドゥ)は、「私たちは住むところがないのです。国軍とゲリラの板ばさみで。」と言いました。 息子も嫁たちもみんな死んだ、ディアルバクル出身だと言いました。
貧しい環境だけれど、おじいさんが通りがかると、知らない人でも、「どうぞ、休んでいって」と声をかけて家にあげる暮らしぶり。

元検事のおじいさんは、自分の家に、少女ヘジャルを置くことを決めます。
以前は、「お母さんに会いたい」と泣く少女に、「泣くな」といい続けていたおじいさんですが、涙を流します。
テレビではテロリストの死体が写ったり、一掃攻撃のニュースが流れたり。
「私たちは、自分たちで自分たちの生活を壊してしまった。」と泣きます。
少女が今度は「泣かないで」と言います。
おじいさん、ルファトは、使用人にクルド語を教えてくれと頼み、
使用人は始めて自分の本当の名前、クルド人としての名前を告げます。

へジャルはお父さんもお母さんも死に、身寄りがないことも分かり、最後には養子にしようとまで決心します。
そのとき、へジャルが育った家のおじさん(エブドゥ)に出くわします。
ヘジャルは「お母さんを探しに行こう。」とおじさんと出て行き自分の家に帰ろうとします。
お父さんもお母さんも死んだと説明しても、そんなことは関係ないかのように。
へジャルとの道中で、「イナンチ(頑固の意味)クルド人。」とおじいさんがつぶやいたのを思い出します。
自分の故郷というのは、そういうものなんだと思いました。
誰が何と言っても、どんなことをおじいさんとしても、全部吹っ飛んでしまう。
自分の生まれ育ったところにくっついていくのです。

この作品は2001年にトルコで作られました。製作、監督、脚本はハンダン・イペクチ。 (女性)
トルコ語の表題は、Hejar /BÜYÜK ADAM KÜÇÜK AŞIK
ルファト役のシュクラン・ギュンギョル氏、ありがとうございます。
・・いろんな顔を見せてくれて、心温まって、気持ちが伝わる演技だったと思う。
彼は有名な舞台俳優。奥さんも有名な女優さんだそうです。なるほど、いい俳優さんなのは何の知識が  なくても、分かりました。
サハネ役のフュスン・デミレルさん、ありがとう。
私は、トルコでこういう雰囲気の女性にたくさん会ったような気がしました。
ヘジャル役のディラン・エルチェティン・・メイキングを見て、こんな小さい子が演技をするって大変なことだと始めて思いました。彼女のもつ雰囲気。押し黙ってゆっくりと歩く姿は印象的でした。

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2007年9月7日金曜日

 

son osmanli (ソン・オスマンル) テレビの映画放送


映画館でやっているときから、気になっていたトルコ映画。

今日はテレビ、showTVというチャンネルで20時から放送されていました。
友情あり裏切りあり、戦いあり恋愛あり。

主人公の男の人は、口ひげ立派な男前さん。やたらと強い。トルコのジャッキーチェーンみたい。
多分、ヒーロー。正義の味方・・と思いたい。でも、うちの息子は「悪いことをして追われているようにも見えるけど?」と正直な的を射た発言をしていました。
鉄砲で撃たれたシーンでも、傷跡などが映るとき、きちんと、ぼかしが入ったのは、印象に残りました。
ヒロインもきれいな人でいた。
映画に出てくる男の人たちは、みんな赤いオスマン帽子に立派な口ひげを蓄えていました。
内容はあまり分からなかったです。

トルコでDVDを買うとだいたい20ytl、2000円くらい。
どうも毎日のようにテレビで映画をやっているみたい。わりとすぐにテレビでやるし。
見られたらなるべく見ようかなと思いました。
まだまだ、トルコ語で全部を理解するのは難しい語学力。
外国ものの場合、DVDだと、トルコ語音声、トルコ語字幕がついていることが多いです。
見直して、字で確認して辞書をひくことができ、理解の助けになります。
トルコ映画だと、DVDを買っても、トルコ語字幕がついていないのが、私には、意外な困った問題です。 
                                         (07 09 06)



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2007年8月28日火曜日

 

[Hababam sinifi askerde]というトルコ映画の鑑賞

DVD[Hababam Sinifi Askerde](ハババム・スヌフ アスケルデ)を観ました。アスケルというのは、兵役のことで、トルコでは成人男子は義務です。


ハババム・スヌフというのは、人気シリーズのようで、これは、「兵役編」なのですが、いろんな「~編」があるようです。


 兵役に行っている間のできごとは全部夢だったというオチになってしまうのですが。出てくる俳優さんたちが皆個性豊かで演技が上手。ドリフかなと思うくらいの、笑える派手な誇張演出もあります。3回も見てしまいました。笑って楽しめます。


 ヒューリア・アブシャル(写真左上)というトルコでは有名な女優さんが出ています。私はワイドショウにいつも出てくる人というイメージはあったのですが、演技を観たのは初めてでした。なかなかセクシーでした。声もいいです。おばさんですけど。

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2007年7月11日水曜日

 

SINAV(試験)という映画をVCDで見ました。


トルコ人の友人に「初恋」を薦めて、貸してあげたら、かわりに、これ、「試験」というVCDを貸してくれました。トルコの大学入試試験、OSSはとても難しいそうです。映画の中では、高校生5人が、この試験問題を盗むことを計画します。
これを貸してくれた友人は、映画に出てくるオカン・バユルゲンという人が好きなのだそうです。とても頭のよい人だそうです。
正直言って、トルコ語で見たため、あまり細かいことは理解できませんでした。

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