2010年1月11日月曜日

 

国立民族博物館に行きました。


小学生の息子2人を連れ国立民族博物館に行った。
定休日は水曜。入場に420円、小中学生は110円。駐車料金800円。
たくさんの展示物。全部をきちんと見るのは、とても1日で無理と思った。
一番興味のある西アジアの展示に向かった。
トルコで見たことのある伝統楽器、ウード、サズ、カーヌーン・・・。
実物とともに、画面で説明と演奏の様子が見られる。
分かりやすい展示だった。
トルコから来たものとしては、トルコのトカト地方から来た馬の毛を梳く道具。
持ち手が弓状になっている。
糸巻きも2つあった。
個人的には、トルコから来たのではなかったが、ナツメヤシをとる道具の展示、ばら水入れなどがあった部屋の展示、また、アシュレ月の説明、エジプトの歌手の説明がおもしろかった。
オーディオ資料としてトルコの影絵やその他、おもしろそうなものを見られるようにしてある。
ゆっくり1人で再び訪れて、観賞したいと思った。
その後6万冊の書庫に。本に酔ったみたい。本。本。本。
トルコだけで1列、棚8個分位あった。ここに籠って読みたいと思った、トルコについての日本語で書かれた読み物も、トルコ語で書かれた本もあった。

次男が冬休みの宿題の作文を書くのに、どっか連れて行けと言ったのが出かけたきっかけだったが、次男の作文を見ると、「トルコは住んでいたことがあるので、まだマシだった。他はお母さんが「もうちょっと待って」というので、暇だった。」 (笑)
一番喜んでいたのは私のようでした。
でも、日常にはないものをたくさん体感して、(書庫もきっとおもしろい体験だったと思う。)
子供たちもなにか印象に残ることだろうと思う。


                             1月7日 小学生の息子たちの冬休み最後の日

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2008年12月29日月曜日

 

新年のカードの文句の文例 Shinnen no ka-do no monku no bunrei

新年のカードをトルコの方にも出しましょう・・と思って、どんな言葉を書くのかなと、検索してみました。
文例が下のアドレスで出てきました。
簡単に、mutlu yıllar (幸せな一年を ムトゥル ユルラル)でもいいのですが、
長い文章も出てきました。

少し、載せてみます。

Yeni yıda hiç umitsiz kalmaman ve hayallerine kavuşman dileğimle.
Iyi ve saglikli seneler!
(新しい年で、あなたが望みがないままでいませんように、あなたの夢が現実になりますようにとの願いを込めて、
よい1年になりますように。来年も健康でありますように。)

上のは、長めので、一般的な(普通にある)文句のようです。うまく訳せていないこともありますが、文化、もしくは、表現の仕方の違いを感じます。

次、
Yeni yılda, her şeyin gönlünüzce olmasını diler, tum beklentilerinizin gerçekleşmesini temmenni
ederim. Mutlu yıllar...
(新しい年で、すべてあなたの心ゆくままになりますように、また、すべてのあなたが待っていることが現実となりますように、願っています。 幸せな1年を・・)

次、ちょっとロマンティック系・・・
Şeker gibi tatıl,masal gibi güzel biryıl diliyorum.
(砂糖のように甘い、物語のように素敵な1年を願います。)

この、文句を送るのには、誰が合っているかなと考えるのも楽しいです。
小学生のかわいい、でも、ちょっとしっかりした女の子を想像して創造しました。(^ ^)

次は、仲の良い友達に送りたい言葉。
Yeni yılda dostluğumuzun daha da pekismesi ve ebedi olmasi dileğimle daha nice yıllara!
(新しい年で、親密さがより完全に終わりのないものになることを願いながら、いい年になりますように。)

カードの例は下のサイトで見ました。
http://www.canim.net/e-cards/gbrowse.php?cat_id=40&page=2

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2008年9月18日木曜日

 

イズミールだけで使う言葉

イズミールは、私の好きな街です。
どうしてかというと、独特の空気があるからです。海沿いの街。

イズミール出身のお友達とお話しているときに、イズミール独特の言い方ってあるのよというのを教えてもらいました。
たとえば、çekirdik (チェキルディッキ )(種の意味)のことをçiğmen(チィウメン)
Simit(シミット ゴマつきのパン)のことを gevek(ゲヴェック)
と、違う言い方をするそうなのです。
仕事場で食堂があって、食事をもらうのに並んで待っているとき、自分なりに間違わないで言えるようにと思って、「simit peynir çay」(シミット ペイニル チャイ)(パン と チーズ と 紅茶)と心の中で何回も注文を練習しながら順番を待つのだそうです。
それでも、いざ言うときに口を突いて出たのは、「simit gevek çay」(シミット ゲヴェック チャイ)(パン パン(イズミールの言葉) 紅茶)だったと言って笑っていました。
私も、聞いてかわいらしくって笑ってしまいました。
余談ですが、イズミールにはTulum peyniri (トゥルム ペイニリ)という、特別のチーズもあるそうです。

また、イズミールの人は、börülge(ボリュルゲ)が大好きだけど、イスタンブールには売ってないと言っていました。これは、インゲン豆のことです。
今の日本では、あまり考えられないことになりましたよね。
現在はイスタンブールに住んでいる彼女ですが、やはり、すごくインゲン豆が食べたくなり、スーパーで瓶入りのでもいいからと思って買って食べると言っていました。
この間買いに行くと、 店の棚の2、3日前に、自分がインゲン豆の瓶を抜いたところが、そのままの形でへこんだままになっていて、さも、イスタンブールでは私しか買っていないみたいって笑っていました。

イズミールは昔、ギリシャ人が多く住んでいたところだったから、彼女は最近、ギリシャダンスを習っていたこともあります。

やっぱり故郷がなつかしいんだなあと思います。


Izmir dake de tsukau kotoba

Izmir to iu machi wo watashi ha suki desu.
Doushite kato iu to, dokutoku no kuuki ga aru kara desu.Umizoi no machi..

Izmir syusshin no tomodachi to hanashite iru toki ni,
Izmir de dokutoku no iikata tte aruno yo to oshiete morai mashita.

Tatoeba Çekirdik no koto wo Çiğmen, simit no koto wo Gevek to chigau iikata wo suru sou nano desu.
Sigotoba de syokudou ga ate, syokuji wo morau noni narande matte iru toki,

Jibun nari ni machigawanai de ieru youni to omotte
(Simit peynir cyai) to nankai mo cyuumon wo rensyuu shinagara matsu no da sou desu.
Sorede jibu no ban ga kite kuchi wo tsuite deta no ha, [ simit gevek cyai]datta to itte Izmir syusshin no kanojyo wa waratte imashita.
Watashi mo kiite ite kawairashikute waratte shimaimasita.


Mata Izmir no hito ha Ingenmame ga daisuki dakedo,Iatanbul deha tabenai shi utteinai sou desu.Nihon deha amari kangaerarenai koto ni narimashita ne.
Genzai ha Istanbul ni sundeiru kanojyo desuga,
yahari sugoku Ingenmame ga tabetaku nari
Su-pa- de biniri no demo ii kara to omotte katte taberu to itte imashita.
Kono aida kaini iku to, mise no tana no 2, 3 nichi mae ni jibun ga Ingenmame no bin wo nui ta tokoro ga , sonomama no katachi de aita mama ni natte ite, [marude Istanbul de watashi shika kono Ingenmame no bin wo katte inai mitai ]to waratte imashita.

Iamir ha mukashi Girisyajin ga ooku sunde ita tokoro data kara Kanojyo ha saikin, Girisya dans wo narrate ita koto mo arimasu.
Yappari kokyou ga natsukashii n danaa to omoi masu.

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2008年9月3日水曜日

 

トルコ語での会話1

トルコ語にあって日本語にない言葉がある。
例えば、くしゃみをした人がいると、
「チョックヤシャ」と周りにいる人が声をかけてあげる習慣。
直訳すると、「長生きしてね」らしいが、
意味よりも、ちょっと思いやりをこめた声掛けという感じがする。

これに慣れると、日本で、くしゃみを友達がすると、
なんか、声をかけてあげたくて、たまらないときがある。

日本語でなんか探すけれど見つからなくて、
結局何もしてあげることができない。
「かぜ?」って聞くほどのことでもないし・・

数秒過ぎてタイミングが過ぎて、ちょっぴりだけど、残念と思って忘れる・・・



病気の人の話を聞いたりすると、トルコ語ではすぐに、
「ゲチミシオルスン」
直訳すると、「早く過ぎますように。」 「早く治りますように」
この言葉は事故に遭った人のためにも使う。
この言葉も習慣のようになっているので、
言いやすい

決まっているだけに楽だし、言うことによって、相手の人の、幸せを、楽になることを、望む気分にもなる。


こういう、他人にかけてあげる言葉が多いのは、トルコ語の、とてもいいところだし、
トルコのとてもいい文化になっていると思う。
Torukogo deno kaiwa 1
Torukogo ni ate Nihongo ni nai kotoba ga aru.
Tatoeba, kushami wo shita hito ga iruto,
[Cyokkuyasya]to , mawari ni iru hito ga koe wo kakete ageru syuukan.
Cyokuyaku suru to, [Nagaiki shite ne]rashii ga,
Imi yori mo, cyotto omoiyari wo kometa koekake to iu kanji ga suru.

Kore ni nareru to, nihon de kusyami wo tomodachi ga suru to,
Nanika koe wo kakete agetaku te , tamaranai toki ga aru.

Nihongo de nani ka sagasu keredo mitsukara nakute,
Kekkyoku nani mo shite ageru koto ga dekinai.
[kaze?]tte kiku hodo no koto demo nai shi…

Suubyou sugi te taimingu ga sugite, cyoppiri dakedo,zannen to omotte wasureru…

Byouki no hito no hanashi wo kiitari suruto, torukogo de ha sugu ni,
[Gechimishi orusun]
Cyokuyaku suruto, [Hayaku sugimasu you ni][hayaku naori masu you ni]
Kono kotoba mo syoukan no you ni natte iru no de,
Iiyasui.

Kimotte iru dake ni raku dashi, iu koto ni yotte , aite no hito no,siawase wo , raku ni naru koto wo, nozomu kimochi ni mo naru.

Kouiu tannin ni kakete ageru kotoba ga ooi no ha, Torukogo no ,totemo ii tokoro dashi, Toruko no totemo ii bunka ni natte iru to omou.

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2008年7月3日木曜日

 

NHKスペシャル 沸騰都市第4回 イスタンブール、テレビ放送番組。

この間の日曜日放送の番組「NHKスペシャル 沸騰都市第4回 イスタンブール」
「激突 ヨーロッパかイスラムか」という副題がつきました。

前から感じていたことだが、
現地トルコにいるより、日本にいる方が、社会的なニュースなどに詳しくなるということがある。
単に日本語の問題だと思う。日本語でちょっと説明してもらえたら分かるんだけど・・
トルコに住みながら、今、なんで皆熱くなっているの?旗がこんなにたくさん出たの??
そういうことがよくある。
スカーフの問題は、よくよく話題に上っていたけれど、この番組を見たら、よくいろんなことが分かった。 トルコに住んでいる人こそ、見ることができたらいいのに。この番組。

海にトンネルを1本1本沈めていく、厳しい現場で働らく大成建設の人々。来年5月に出来上がる予定だと言っていた。体をはって働く人たち。ヨーロッパとアジアをつなぐ海底トンネルを作っているとき、
トルコでは、どんなことが起こっているか・・そうやって番組は進んでいった。

2月に国会で通った大学でのスカーフ着用を認めるという法律。 (6月5日には憲法裁判所で不法となったそうです。)
それによる反発。
トルコ経団連会長の女性ヤルチュンダーさん。ボスポラス沿いの邸宅から専用の船で出勤。
ブルガリアとの国境でみたトラックの列を思い出した。
EUとの貿易が盛んだというのも納得がいく。

ゲジコンドゥ。イスタンブールの人口1200万の半分がゲジコンドゥに住んでいるというのも驚いた。
田舎から出てきたたくさんの人がここに住み、イスラム色が強い人たちだという。

イスラム系の経済団体 ムシアド 。
周辺のイスラム国の後押しのもと、EU加盟へ努力し始めている。

同じ国とは思えないほど、映る景色は変わった。
トルコ人の話す言葉も、英語になったりトルコ語になったりするのも、象徴的だ。
ショッピングセンターが映ったり、
スカーフはいやだけど、こんなにおしゃれなら考えてもいいわとお母さんに言ったいう普通っぽい女の子が出たり。
イスタンブールのよくいろんな顔が出ていた。

その中でクチュックチェクメジェの区長さんはヨーロッパ派の代表のように紹介されていた。
区長イェニアイさん、
無許可で建てられた家、ゲジコンドゥを壊して、公団住宅を作って、住まわした。ヨーロッパ的な生活を、進んだ生活を送るチャンスを与えるというのだ。
その中で、賃貸で住んでいた人たちには、家が与えられなかった現実も出ていた。
家を壊したときに、埋もれた大事なコーランを探し出した人。

私には分からない。
真に政教分離というのならば、スカーフを被ることも被らないことも、自由なのではないか?
日本人の教育を受けた考え方なのかな。
でも、この国では、スカーフを大学で被ることを認めることは、
イスラム主義の始まりで
政教分離に反する。
宗教って考え方というよりは、その人の生き方生き様そのものということがある。

難しい問題だし、
きっと、外国人には、永遠に分からないよ、というところもあるに違いない。

私には分からないから。。。そうやって距離の離れたところに立っているだけ。

番組の最後の方では、dorapdere big gangというCDが紹介されていた。この音楽をつくった人の一人が、「考えの違う人たちも共生できるとこの音楽で表現したい。スカーフで髪を隠す人も隠さない人も一緒に前に進んでいますよ。私たちも未来のためにまだ多くのことができますよ。」と言っていた。

Kono aida no nichiyoubi housou no[NHK special huttou toshi dai 4 kai Istanbul ]
[Gekitotsu Yo-roppa ka Isram ka]toiu Hukudai ga tsuki mashita.

Mae kara kanjite ita koto daga,
Genchi Toruko ni iru yori, Nihon ni iru hou ga, shakai teki na news nado ni kuwashiku naru toiu koto ga aru.
Tanjyun ni kotoba no mondai da to omou. Nihongo de cyotto setsumei shite moraetara wakarundakedo..toiu omoi wo nando mo shiteita.
Toruko ni suminagara [Ima, nande minna atsui kimochi ni natte iru no? Hata ga konna ni takusan deteiru riyuu ha nani kana?]to jyoukyou ga wakaranai koto ga yoku atta.
Suka-hu no mondai ha, toruko ni sundeiru toki, yoku wadai ni nobotte ita keredo, kono bangumi wo mitara, yoku,ironna koto ga wakatta. Toruko ni sundeiru Nihonjin no hito koso, miru koto ga dekitara ii noni. Kono banbumi.

Umi ni tonneru wo 1 hon 1 hon shizumete iku, kibishii genba de hataraku Taiseikensetsu no hitobito ga utsutteita.
Rainen no 5 gatsu ni Kaitei-tonnel ga dekiagaru yotei da to itte ita.
Karada wo hatte hataraku hito tachi.
Yo-roppa to Asia wo tsunagu kaitei-tonnel wo tsukutte iru
Sonotoki ni douji ni Toruko de ha ittai donna koto ga okotte iru ka?
Souyatte bangumi ha hajimatte itta.

....(tsuduku)

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2008年6月26日木曜日

 

トルコ人が日本を書くページ

トルコ人の友達が、よく読んでいるよと教えてくれました。
google の検索でjaponyaと入れて、gunesinin dogdugu ulkeと入れるそうです。

日本に住んでいるトルコ人が、もしくは、トルコに住んでいて日本に興味をもっているトルコ人たちが、書いていっているそうです。全部トルコ語だけど、トルコ語やっている人だったら、日本に関することだから、楽しく読めると思う。誰かが違うことを言ったら、すぐに訂正が入るそうです。充実しているページのようです。
http://www.japonya.org/

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2008年6月18日水曜日

 

ギリシャとトルコ、隣国ということ

ギリシャとトルコの関係について、最近、トルコ人の友達と、次のような会話をしました。

(トルコ人友達)
今、冬のソナタ、見ているよ、
韓国人と日本人って、似てるよね。礼儀を大事にするところとか、おじぎするところとか、似ているよね。
(私)
自分では、全然、似ていないと思っているけれど、外から見ると似ているんだと、トルコに住んでから思った。日本料理が食べられないならせめて韓国料理を食べたいと思ったこともあったし、
道で見かける人もしゃべるまでは、この人、韓国人か日本人か区別できなかったり。
(お友達)
そっかあ。私たちも自分たちでは、ギリシャ人と全然違うと思っているけれど、食べ物とか、いろいろ、似ていると思う。一緒だね。

これ、ギリシャでは有名なメタクサというお酒。
ギリシャに行ったとき、空港で買ったもの。
星の数が多くなるほど、上等らしい。これは、5つ星。
7つ星まであった記憶がある。

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2008年6月17日火曜日

 

モロッコと同じ文化圏?~マメとバラ水はモロッコの名で再会~




実家に行ったら、「これ、今、おいしいのよ。夕方まで少しでも大きくして、採ろうね。」と言って見せてくれたのは、大きくなった苗にぶら下がるマメ。
 これ、トルコで食べていた!「モロッコ豆」と母は言った。
トルコでは、これをトマトで煮込んだ料理がよく出ていた。うちでは、ただゆでで、マヨネーズをつけて、ペロッとよく食べていた。
おもしろいなあ。モロッコ豆って言うねんなあ。
そういえば、この間、コープで注文したバラ水、顔にふきつけたり、首元にかけたり、暑い時、腕にかけたりしているけれど・・・モロッコのダマスカス・ローズから作ったと書いてあった!バラ水というものを覚えたのも、トルコで。(トルコではローゼンスというメーカーのが有名だけれど、その他でも、日常的にみかけたし、料理にもたっぷり入れて「食べて」いた!!)
 このマメ、普段、スーパーなどで見なかったけれど、実家の庭でたくさんなっていて、うれしくなったのでした。トルコで慣れ親しんだものは、モロッコとして、日本でお目見えしていました。
文化圏、近いのかな?とふと思ったのでした。

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2008年6月4日水曜日

 

初めて来た日本の感想は・・

あるトルコ人の方が仕事で1週間、日本に来られました。
日曜日のお休みに主人が1日京都観光に連れ出し、
夕食はうちでということになりました。
うちに来るなり、「あ、靴であがらないんだね、トルコと一緒だ。いい。いい。」と言いました。
清水寺、金閣寺、三十三間堂を観光してきたそうです。
「京都の感想は?」と聞くと、
「どこも同じ様に整備されて発展している。」と。
日本人からしたら「歴史のある町なのよ。」ということなのですが、
あまり言っても耳に入らないようでした。
「トルコは場所によって、特長がある。日本はどこでも、地下鉄などが整備されていて同じレベルで発展している。」というのが彼にとっては何よりも一番の印象だったそうです。
歴史の町という面よりも、発展していて整備された町という印象から抜けられなかったようです。
うまく私も説明できなかったのですが。

そして、京都の感想を聞いているつもりが、彼の話はすぐに、
「いかにイスタンブールの町がすばらしい町か、自分にとって特別か」という話に変わります。
「イスタンブールはすべてが入り混じって、特別な空気がある」「特別な場所だ。」と。

「三十三間堂は神様がたくさんでびっくりしたのでは?トルコでは神様は1人だけど・・」とちょっとした興味で私が聞くと、
「ものでできたものは、壊れたら終わりだから、何も感じない。感じなかった。
感じることが何よりも大事だ。僕にとっては。
でも、もちろん、違う宗教、やり方にも、敬意は示す。これが、僕たちのやり方だ。
私はときどきラジオを開いてコーランを読む声を聞く、とてもいい気持ちだ、心が静かになる、これが何よりも大事だ。
コーランを書いた本も重要ではない。
人が生活の中で何を感じながら生きるかが大事なんだ。
宗教についてはカフエなどで、長い間、ゆっくり話をする必要がある。
友達の親しさを心に感じたら、そうやって話す時間は、とっても好きだ。」と言いました。

ぶれない自分のスタイルをもっていることを感じました。
はっきりしているなとも思いました。
日本食、特に朝食が口に合わないでつらいと言っていました。

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2008年4月22日火曜日

 

サフランボル・トルコ・オスマン朝時代の民家を訪ねて

 「サフランボルの民家とくらし」という本を読んだとき、もっとトルコ人のことが分かるようになった気がしたものです。
1年半くらい前のことです。
 今では、この作者の安達 智英子さんは、こんな風になりたいと思う私のトルコ語の先生です。
何を聞いても、正確に教えてくださるトルコ語の力だけではありません。
トルコの歴史についても、いつも分かりやすく話してくださいました。

その「サフランボルの民家とくらし」の本を思い出すことのできる、きれいなHPを見つけました。

「サフランボル・トルコ・オスマン朝時代の民家を訪ねて」
http://safranboluminka.hp.infoseek.co.jp/


 私はトルコの民族博物館って大好きです。
サフランボルは町自体が、民族博物館みたいに貴重なものであふれていました。
(サフランボルに行ったときの記事は06年11月15日あたりを、見てください。)

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2008年3月29日土曜日

 

トルコ人日本人 私的文化比較 

トルコ人と日本人の文化比較  付け加え編 
多分、トルコ人は日本人と比べて
  1. 喫茶店、レストランなどで大きな声で笑わない。
  2. (電話をかける回数は多くても)長電話しない。1回の通話が短い。

これは、習慣の問題かな。実感で感じたものです。

行儀作法的にも、トルコ人はスープなど、机に置いたまま飲むのが行儀いいけれど、日本人としてはつい味噌汁のお椀の感覚で、スープのお皿を持ち上げてしまう失敗があります。また、おそばを食べるときに限ってはずるずるとものを食べる音をたててもいいことになっている日本の習慣ですが、トルコの人には、やっぱり嫌なもののようです。

作法的なものの違いは仕方ないですよね。日本になじみの深いトルコ人の友人は、今はどっちの国だっけ?と少し考えてから、味噌汁のお椀を左手でもちあげることがあると聞いて、おもしろく感じました。

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2008年3月18日火曜日

 

結婚式であった美人さん

結婚式に参加していた子供たち。ポーズをとっています。

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初めて参加した結婚式 金をプレゼント

結婚式には、金をプレゼントする風習があります。私たちもまず、金屋さんに行って、金のコインを買いました。当日、花嫁さんの腰のリボンに安全ピンで留めました。
花嫁さんの腕には、こんなにもたくさんの金の腕輪のプレゼント。陽気な彼女はポーズをとってくれました。
この日、花嫁さんにコインは80個、腕輪は22個、プレゼントとして持ってこられ、全部体に身につけました。10ミリヤル体につけていたことになるそうです。
 輪になってたくさんの人たちとダンスをしました。
夫になる人の親戚たちと同じアパートに住むそうです。より賑やかになって、よいことです。

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2008年3月11日火曜日

 

初の靴磨き体験


トルコに来てからずっと気になる存在の靴磨きのおじさんですが、3月8日土曜日、トルコ語を習いにいったウスキュダルの港で、初めてやってもらいました。3ytl。(300円)高い気もしたけれど、さすが、ぴかぴかに靴ズミを塗って磨いてもらって、なかなか立派になりました。靴がびかびかって気持ちいいねーと思いました。

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2008年2月12日火曜日

 

ブルサ1 カラギョズ(トルコの伝統影絵芝居)を観る。


カラギョズ
ブルサは、温泉、イスケンデスケバブ、絹製品などで有名な、イスタンブールから車で3時間ほどの都市です。私たちがブルサを訪れるのは3度目になりますが、今回は影絵芝居も見てきました。
影絵芝居で使う人形はラクダの皮からできていて、後ろからライトをあてて、白い布の裏から浮かび上がるようになっています。きれいです。物語はたいてカラギョズとハジワットという2人の男を主人公にしていて、この2人の落語のようなおもしろおかしい言葉の掛け合いの中で進んでいきます。
トルコに来る前、大阪万博公演内の国立民族博物館に行きました。世界の各国の展示があって、トルコからは、この影絵芝居の人形が展示されていたので、前々から注目していました。
この影絵芝居、ほかの場所でも上映されることはもちろんあるのですが、ブルサが発祥の地だそうです。ブルサの5つ星ホテル、ケルバンサライのお隣、大通り沿いに、大きなカラギョズとハジワットの飾りが見えます。ポーズを真似たりして、はしゃいで写真を撮っていましたが、後でここは、カラギョズとハジワットのお墓だと教えてもらいました。
その向かいにあるのが、カラギョズ・ハウスで、割と最近になってオープンしたようです。
ここでショウを観ました。カラギョズの伝統的なストーリはだいたい29個だとか、カンデルの日だけは
一人で声をかえながらやっているだとか、笛みたいな楽器を使っているんだよとか、ちょっとした説明も15分ほどしてくれました。ショウはたっぷり45分ありました。ここでやるのは、伝統的なお話ばかりだそうで、トルコの小学校にも出張上演しにいっているんだよと言っていました。

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2007年11月18日日曜日

 

アタチュルクの出演するコマーシャル

最近流れるイシ銀行のコマーシャルが話題でした。俳優さんがメイクでアタチュルクそっくりになってアタチュルクを演じます。
バラ園でトゲが刺さり指から血が出たアタチュルクに向かい少年が、「あなたでも血が出るの?」と聞きます。「どうして血が出ないの?」と聞き返すアタチュルクに、少年は、「だって、あなたはアタチュルクなんでしょう。」と言います。アタチュルクは、優しく、私はここに世界一のバラ園を作りたい、本当に作りたければ、トゲが刺さるのも血が出るのもなんともないことだよと話かけます。
これは、11月10日、アタチュルクが亡くなった日にあわせて始まったコマーシャルのようです。
このコマーシャルを見て、涙を流したというトルコ人の方もいました。
あまりにもアタチュルク本人そっくりになっていること、それから、声、言っている内容を私たちトルコ人はしっかり聞くべきだと話をし合っていました。
「彼(アタチュルク)の後、こんな偉大な人物がいただろうか?
今、私たちはトルコにとって難しい時代を生きているよね。」トルコの人たちは、こう言って話をしていました。

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2007年10月30日火曜日

 

共和国記念日


10月29日は、「共和国記念日」。
トルコの旗と並んで、アタチュルクさんの旗もたくさん見ました。
 トルコ人は小学校のとき、学校で、Ne mutliyim Turkum diyeneという言葉を毎日言うそうです。意味は、なんて、幸せなんだろう、トルコ人と言えることはです。トルコ人の国を愛する気持ちというのは、日本人には、本当のところ分からないような特別なものがあるようです。

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2007年10月18日木曜日

 

トルコのニュースを日本語で

国会は10月17日、イラク北部に拠点を置くクルド労働者党(PKK)武装勢力を掃討するため、国軍の越境攻撃を承認した。PKKのテロ攻撃による犠牲者が増加していることもあり、国内では、具体的な対策をとらない米国やイラクに対する不満が高まっている。一方、市場は大きく反応することもなく静観している。経済界は好調な経済への悪影響を懸念しているものの、国の安全保障のためと消極的ながらも支持を表明している。(ジェトロ トルコのページより引用)

トルコ議会が、トルコ軍のイラク北部PKKへの越境攻撃を承認したとのニュースが流れました。

こういったことの解説となると、私には、力不足なので、
トルコのニュースをほぼリアルタイムで見られるサイトを、今日は紹介いたします。

日本語で読む中東メディア
  日本語でトルコの新聞を読めるありがたいサイトです。
  現地の新聞も同時に見られるので、見比べてトルコ語学習にも役立てて。
  東京外国語大学でやっているようです。レベル高いなあ。
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/news_j.html


トルコマニア
 ここでも、ニュースが見られます。
 どうもネトロジーという会社が作っているサイトのよう。
 アンカラに会社があるようです。ひそかに、個人的に注目しています。
http://www.torukomania.com/

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2007年9月14日金曜日

 

ラマザンが始まりました。


昨日(07年09月13日)からラマザンが始まりました。断食を始める人たちは始めました。来週、トルコ人のお友達と、寒くなる前に、海辺の外で、朝食(カフバルト)をしようと話していましたが、彼女は、「来週というと、ラマザン中なのを忘れていたわ。
レストランで食べていけないことはないけれど、
室内ならまだいいけれど、外で人々から見えるところで食べるのは、
やめた方がいいと思う。問題にはならないけれど、(やっている人が)かわいそう。」と言いました。

写真は、その日の断食を始める時間、終わる時間が一目で分かる表。
ラマザン中の安売り広告冊子の裏表紙に着いていました。

 花屋さんとラマザンについて話す
お花屋のお兄さんは、ラマザンのときは、心が静かになって好きだと言っていました。
自分たちは、ラマザンの期間は悪魔が鎖につながれて天使が出歩くって言っていると話していました。
ラマザンの期間は、貧しい人を皆で助けるそうです。一人5ytl。知り合いでも知り合いでなくてもよいから貧しい人に、渡すのだと言っていました。どうやって渡すのかと聞くと、モスクに預けるなどの方法もあると言っていました。また、日中、断食をすることによって、体にたまった毒も、きれいになるとお医者さんも認めているんだよ、気持ちも落ち着いて、いつもより、交通マナーも皆よくなると言っていました。

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2007年9月13日木曜日

 

血の兄弟になろう!友達との楽しいひととき


昨日、船でカドキョイの手芸屋に出かけた1日は、本当に楽しくて、カドキョイの海辺で座って、ベシクタシへ行く船を待つ間、
geyik yaptik(ゲーイッキ ヤプトゥック)と私は言いました。
ゲーイッキというのは、鹿のことなのですが、取りとめのない何でもない話をすることを、そういう言い方をするのです。
geyik masal(ゲーイッキ・マサル)というと、鹿話、とりとめもない話という意味だそうです。
geyik yapmak「ゲーイッキをする」のが嬉しくなる友達って素敵ですよね。

そのトルコ人の友達は私に、「そんな言い方まで、知っているの?じゃあ、これも、教えてあげよう。Laylaylom yaptik(ライライロム、ヤプトゥック)とも、言うんだよ。でも、友達の間でだけ使うトルコ語ね。」と教えてくれました。
Laylaylom(ライライロム)なんて、いかにも楽しげな、軽やかないい響きだなと思いました。
そして、彼女は、「カンカルという言葉を教えよう」と言いました。カンカルというのは、kan kardes(カン・カルデシィ)の略。それなら、私も聞いたことがありました。
kan(カン)は血、kardes(カルデシ)は兄弟の意味なので、日本語で言うと、血の兄弟。
トルコでは、子供のときに、仲良くなると、指を少し切って、指の血と血をあわせるそうです。
そうして、血の兄弟になったと言うそうです。彼女も子供のとき、やったとか。
もちろん、私たちは、指を切ったりはしないけれど、そういういい友達という意味だって。
「カン・カルになろ。」と彼女が言って、私たち3人は、船の上でチャイを飲みながら笑いました。
そんな言葉が自然なくらい、船に乗って、風に吹かれ、大好きな手芸の材料を袋にもって、いろんな話をして、楽しい時間でした。

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