2009年6月18日木曜日

 



この春、いただいたCD.
夏が来ると、この人、セルダル・オルタッチでしょ、海辺でしょ、そういうイメージがあります。
「夏が来た」という言葉があちらこちらで聞かれ、ボスポラス海峡に飛び込んで遊ぶ少年たちの姿が見られているのかなと、遠く日本からトルコの今のシーズンを想像しています。

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2009年6月17日水曜日

 

トルコ人ピアニスト ファジル・サイ

来月は、ピアノのグレード試験、発表会とピアノの大きな行事が2つ控えている。
月刊piano6月号を買った。
いろんな種類の音楽を知っているというのも、勉強なのよとピアノの先生は言っていた。
その中に、トルコ人ピアニスト、 ファジル・サイが見開き2ページに渡って載っていた。
7月19日(日)にテレビ朝日系「題名のない音楽会」に出演予定だと書いてあった。
一度、トルコでコンサートで聞いたことがある。でも、そのときの彼の演奏がどうだったかというよりも、歴史的な建物を利用したコンサート会場の方が印象に残っている。
この雑誌の紹介を読んで、自分の音楽の世界を持っていること、自身も作曲をされることを知った。
どんな風に弾くのかな・・関心を持った。

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2008年11月26日水曜日

 

アシュク・デニズィ というアルバムを聞きながら・・

最近車の中で、ずっと「アシュク・デニズイ」というトルコの女性歌手、デニズ・セキのアルバムがかかっていた。
この人の歌声は本当に私に合う。
前聞いていたときとは、違う言葉が体に入ってくる。
音楽の不思議なおもしろさだ。
「ブラク ベニ チョック・イステルセン、ブラク・ベニ。
ブラクマ・ベニ。
イステメデン クルドゥイサム オズルディレリム」
この、ブラクという単語のニュアンスが今だにはっきり私には分からないのだが。
「私にかまわないで、もう飽きたのなら、もう、手放して。
やっぱり、手放さないで、気分を害したならごめんなさい。そういうつもりでなかったのだけど。」
という意味かなと、勝手にだいたいで理解しながら聞いている・・
ブラクと言った直後にすぐ反対の意味のブラクマと言って、乱れ具合がいい歌だなあと思いながら。
また、「ブ シェヒレ ソンバハル ゲルディ コヌシュマビレ ベニ アンラ アウチラル」と聞こえてくる。
「この街に秋がやってきた。話をしないでも私を理解して。木々よ」

昔、語学学校に通っているころ、トルコ語で何かテーマを決めて発表するという課題があった。そのとき、私は「デニズ・セキとスキャンダル」という題名で発表した。
「何?おもしろいものを選んだね」と先生は言った。
デニズ・セキは、オカンバユルゲンという才能あふれる芸能人とつきあっていたが、そのあと、別れた。そして、そのあと、あまり精神状態がよくないみたいと聞いた。
妻子あるクラリネット奏者とつきあって、世間の批判を受けている。
私は、2007年の春だったが、でぶっちょの浮気相手の奥さんが大きく新聞にのっているのを見た。子供もいるし、私には権利があると言っていた。
私は、その大きな体を見て、好感がわかなかった。妻であるというだけでそんなに権利があるのかな?あるんだろうけど、なんか、違うような。受ける印象から、機知や軽やかさや、そういうものがなかった。努力しないでふてくされているみたいな。
 それに、セキの肩をもてば、苦しいときに心に入り込んできた男性がいて、その男性がやめると言いださなかったなかったなら止められない、そういう状況も分かる気がした。デニズ・セキの肩を持ちすぎているかもしれない。ファンだから。
もちろん、妻子ある人との恋愛は人に迷惑をかける恋愛だし、たくさんのバッシングにあってその報いは十分に受けているだろうし、次に行くべきだと思うけれど・・。

デニズ・セキの声を聞いていると、中森 明菜ちゃんをいつも思い出すのだ。
明菜ちゃんの名曲「難破船」をも歌えそうな声だなと、今回もこのアルバムを聞きながら思っていた。そう。少女Aをうたった明菜ちゃんは、センスにあふれ素敵だった。
デニズ・セキもムードのある素敵な女性である。私は実物を2メートルくらいの近さで見たとき、思わず「かわいい」と声に出してしまった。かわいくてセクシーです。
そして、また、私生活でも、明菜ちゃんがマッチと別れた後、見ていて明らかに落ち込んでよくない状況だったことなども思い出すのだ。
 きっとセキも明菜ちゃんも、感情の部分の深い、深い人なのだ。

飽きずに私はこのアルバムを何回も何回も聞いている。
私生活の是非に関係なく、歌はすばらしく、何より、好きだなと思って聞いている。

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2008年10月15日水曜日

 

トルコ周辺国の民族音楽の演奏 チャバーシュ

トルコ音楽がやっているよーという声を聞いて見に行ってみました。10月12日(日)大阪万博公園ロハスフェスタ会場でのことです。

 トルコ語じゃないような?でも、ちょっとトルコ語単語も聞こえたような?でも、このギターみたいな楽器トルコで見たような・・と思いながら聞きました。

 下記のアドレスに、この音楽グループについて詳しく載っていました。チャバーシュというグループの方々だそうです。

 ルーマニア、ギリシャ、ハンガリーあたりの伝統音楽を中心に舞台をする人たちのようです。

ルーマニア、ギリシャはトルコの隣国ですから、トルコとも文化圏が重なるところが大いにあります。

FOLK ENSEMBLE CSAPÁS(チャバーシュのホームページ)
http://csapas.web.fc2.com/FolkEnsembleCsapas.htm

おもにルーマニアのトランシルヴァ地方のハンガリー人の曲を中心にやっているそうです。また、トラキアというのは、ブルガリア、ギリシャ、トルコにまたがる歴史的な地域で、特にブルガリアのものをとりあげているそうです。ラチェニッツァと呼ばれる奇数拍子も魅力、

(おまけ)  



音楽をやっていた会場は「ロハスフェスタ」をやっていました。
ロハスフェスタはとても楽しみにしていたイベントで、当日は、
かわいい雑貨や小物を見ることができました。
 ぷらぷら見て歩くうちに手作りの魅力にまた、ひきつけられました。




ロハスフェスタについて

http://www.lohasfesta.jp/

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2008年10月1日水曜日

 

セゼン・アクスのCD  デニズ・ユルドゥズ

  トルコを代表する歌手、セゼン・アクス。

彼女は恋多き女性で、ひとつの恋が終わるたびに、いい歌を作るのだと聞いたことがあります。
 もうずっと長く歌っているので、親子でファンという人もいるそうです。
 セルチェ(すずめ)というあだ名があります。
小柄な人です。昔、彼女が主役の映画もあったそうです。
 
 この中の、ヨル・アルカダシュムという歌がいいと友人が言っていました。

今、車の中でよくかけています。
オーケストラが入ったり、ピアノが入ったりもするCDです。独特の雰囲気。私の語学力では、あんまり歌全体の意味までわからないんだけど、ところどころ歌詞が聞こえてきて、雰囲気を楽しんでいます。
 

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フェルハト ギョチェルの新しいCD


フェルハット・ギョチェルのCDです。
チョック セブディム イキミジ
Ferhat Göçer
Çok sevdim ikimizi
この人、かっこいいねえ。やっぱり。
CDの写真を見て思いました。
中では、ギュル・キ Gül ki という曲が好きです。
実は意味はあんまり分からないんだけど、
好きで、何回も何回も聞きました。
特に、gül ki sevgilim gül ki gözlerin Solmasın sakın aşk çiçeğim Gel biraz dana gel biraz daha Arşa çıksın nağmelerim "というところが好きです。

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2008年9月5日金曜日

 

飛んでイスタンブール

飛んでイスタンブール
庄野 真代

初めて全曲、聞くこととなった。
windows media player の morawin(モーラウィン)というところで、200円で購入。
「飛んでイスタンブール 光る砂漠でロール 夜だけのパラダイス。」


第29回NHK紅白歌合戦で、庄野 真代さんが歌ったそうだ。
私が、トルコに行くことになったというと、この歌の話をする人が多かった。

ウィキペディアで見つけた解説がちょっと私には興味深かった。


異国情緒が受けた時代で、イスタンブールの日本における知名度をあげた歌であったが、
今のようなインターネットもない時代だったので、
トルコと関係ない砂漠が登場したりして、この曲を歌った方も、歌がはやった2年後にイスタンブールを訪れて、あまりのイメージの違いに驚いたという。。


さもありなん。と思う。

私もトルコに行く前は、イスタンブールというと、なぜか、失恋旅行のイメージがあった。
何のイメージかな?
とっても暑いところで、壺とか頭に載せて歩いていたりして・・なんて、友達に言ってちゃかしていた。(ごめんなさい。)・・・注 そんなことは、ありません。

暑い国というイメージとは違い、実際のトルコの気候は、日本と気候もほとんど変わらなかった。

ウィキペディアを以下にそのまま載せてみます。(緑の字の部分)

本作は失恋した女性のセンチメンタル・ジャーニーを描いた歌だが、歌詞の中にトルコのイスタンブール(イスタンブル)とは地理学上まったく無関係な「砂漠」が登場している。庄野は、ヒットから2年後の1980年に、イスタンブールを初めて訪れたが、歌にある砂漠のエキゾチックなイメージと実際のトルコの風景がまったく違うことを知った。そのときの様子を

ギリシアから長距離バスで到着したイスタンブールは、なんと、雪が舞っていた。しかも湿度が高い。今のようにインターネットで情報を収集して出かける時代ではなかったし、"エキゾチック"と"雪"は全くマッチしないから、この気候には驚いた。

—庄野真代「歌から始まった出会い」[1]
と述べている。
本作が大ヒットした当時は、日本人にとって海外旅行がようやく身近なものになり、また、
平尾昌章&畑中葉子『カナダからの手紙』、久保田早紀『異邦人』、ジュディ・オング『魅せられて (歌謡曲)』もヒットしていて、本作も「海外旅情」や(『異邦人』と同じく)「無国籍ポップス」の流行の最先端の1曲だった。
本作の大ヒットにより日本におけるイスタンブールの知名度は飛躍的に上がり、日本人にとって「トルコといえば『飛んでイスタンブール』」と云われるほどトルコで一番有名な都市、地名となった。
当時は日本からイスタンブールへの直行便はなく、簡単に「飛んでイスタンブール」というわけにはいかなかったが、今では日本 - トルコ間(
成田国際空港および関西国際空港 - イスタンブール・アタテュルク国際空港)にトルコ航空便が就航していて、まさにこの題名のようにトルコを訪れる日本人観光客が増えている。(ウィキペディアより)

近くなったと言っても、
関西国際空港からイスタンブールへの直行便は毎日は出ていないし(週2便か3便だと思う。)
13時間飛行機に載っていないといけない。経由便だとさらにかかる。
時差も6,7時間ある。
せめて、トルコとの距離が半分だったら、日本にとってトルコは、もっと身近な国になるのになあと何度となく思った。
でも、遠いからこそ、異国情緒感じるおもしろい、魅力的な旅で人気もあるのかもしれないね。

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2008年5月6日火曜日

 

ギュルベン・エルゲンの新しいCD

ギュルベン・エルゲンの新しいCDが出たそうです。
アルバムの名前は aşık hiç bitmez(意味は、愛は終わらない。)
ある友人はya ölümsün ya düğünという曲がとてもよいので、最近1日聞いていると話していました。
ギュルベン・エルゲンは赤ちゃんを産んで元気に復帰しました。私生活をオープンにして明るい彼女です。人にも元気をくれるような明るさはそのままのようです。

私はi tunesのカードを買って、150円でこの曲だけ購入して聞いてみました。
この歌の意味は、分からない・・。でも、ときどきかけてみようと思います。
日本の店でトルコのCDを見つけるのは難しいけれど、
このi tunesは日本語で検索して見つけ、購入できて便利です。
けっこうトルコの歌やCDも網羅されています。
カードさえ買っておけば、簡単に世界中どこからでもパソコンで買えるし。
最初だけ視聴できるのも、けっこうあるし。

私はこのギュルベン・エルゲンの歌ですぐに思い浮かべるのは、yani という曲です。(i tunesで最初のほうだけなら、視聴できます。サビは無理だけど。)
yaniというのは、トルコ語で「つまり」という意味のはず!? 
トルコ語初心者の私はこのヤーニだけがはっきり聞こえ
この単語だけ一緒に口ずさみ、楽しげなのでした。

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2008年5月2日金曜日

 

フェルハット・ギョチェル Ferhat Göçer  「gidemem」という曲


フェルハット・ギョチェル。この人をまだ紹介していませんでした。
とてもいい歌を歌うおじさん(!)です。
私は、前から街中で流れる「gidemem」(ギデメム)(行くことが出来ないという意味)という歌が気になっていて、
それからこの人を知りました。
「人生は短い。だからあんまり深く悩むな。」という歌詞が耳に残りました。
歌詞がとっても聞き取りやすくて心にまっすぐ来ます。
(この歌は映画「O kadın」の中でも流れました。作詞がセゼンアクスだからです。いい歌だなと思うとセゼンアクスの作詞だということは、ときどきあります。)
この方、もちろん、歌手としても有名だけど、もうひとつの顔があるそうです。
脳の外科医だそうです。
(病気じゃない人も彼に会いたくて来ちゃうってうわさ話も聞いたことがあるけど・・。)

冒頭のほうを訳してみると、こういう感じです。

ときどき、全部のことが多すぎると感じるものだ。誰かがいない寂しさを感じている人にとっては。
人の顔を見たくないと思っている人にとっては。
それほどまでに、すべてのことの意味が少なくなったということだ。
そういうときは、すぐに行ってラジオをかけていい曲を聴きな。
またはひとつの本を読みな。
きっと、あなたの気が楽になると思う。
それか、ベランダに出て泣き叫んでもいい。
でも、たくさん悲しんではいけない。
人生はいつか終わる。そのときは別れから逃げることはできない。
すごく難しくてすごく短い ひとつの冒険に満ちた生涯というものは。
だから私は誰からも自分から去ることができない。行かない。

訳しながらひとつのことを思い出しました。
あるトルコ人の人がこう言っているのを聞いたことがあるのです。

「悲しいことがあったときは、
自分の家で誰もいない部屋で思いっきり声を出して泣いたらいい。
でも、長い時間泣いたらダメだ。もっと悲しくなるから。
人のいるところで泣いてもだめだ。

僕のお嫁さんは、よく花に話しかけているよ、
そういう悲しいときは自分の好きなことをやるのが、いいんだ。」

追記  この曲に興味をもった方へ・・

このgidememという歌はYolun açık olsunというアルバムに入っています。CDを買うのにいいのは、私の知る限りジェバヒルのD&Rです。品揃えがいいから。

i Tunesを使っている人なら、150円でこの曲だけ買うこともできますね。。

とりあえず聴いてみたい人は、下のアドレスをクリックするとyou tube で映像のともにこの曲を聴くことができます。
http://www.youtube.com/watch?v=ZBrZqJPTSHw&feature=related

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2008年3月29日土曜日

 

kısmet(クスメット) トルコで人気のアルバム

kısmet(クスメット)というこのCDは、トルコ人のお友達に紹介されました。
フラメンコ音楽のようで、実際素敵な1枚でした。
2人、男と女の実際の兄弟で歌って演奏しているそうです。
You Tubeに載せたところ、あまりにたくさんの人がアクセスしてそれがきっかけで有名になったそうです。
(つぶやき)
kısmet(クスメット)というトルコ語は、日本語で、どうやって訳をしたらいいのでしょう。
私は、この単語が好きだなと思います。
kısmetsa (クスメットサ クスメットだったら)という風に使ったりします。ご縁があったら、そういう運命だったら、というのと似ているようで、何かニュアンスが違うような?


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2008年3月18日火曜日

 

トゥルキュ音楽

トルコ音楽ではなくて、トュルキュ音楽というと、民謡のような昔ならがの楽器を使った曲です。私が最初に知ったのは「Sari etek」という曲。トュルキュ・バーで知ったのですが、トルコの一人がリクエストするとその場にいる人たちが、よく歌をそらんじていてすぐ大合唱になるので驚いていました。有名なトゥルキュ音楽が入ったCDが買いたいと言っていたら、プナールさんがお薦めはこれだと、買ってきてくれました。私も一緒に口ずさめるようになるでしょうか・・。
 Zeki Muren と いう歌手は、男。女のような男の人の最初とか・・(トルコ語でしゃべっていて、よく理解できなかった。)説明してくれていました。

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