2007年3月28日水曜日

 

アルテミス信仰

今回の旅の一番最初はアルテミス神殿跡に行くこととなりました。セルチュクのオトガルを背に(エフェス遺跡方向に)まっすぐ歩き続けます。
かなり歩くので、地図と見比べても、あっているかな?と途中不安になりますが、「アルテミストプナーウ」という看板が出てくるまで歩き続けます。
途中の道は右手が空き地で、道脇に小鳥の死骸が落ちていたり、馬ややぎが空き地をのんびり歩いていたり、子供たちにはいい経験だと思いました。私は、歩きながら、ずっと、何の匂いかな、なつかしい匂いだなと思っていました。最初はエーゲ海が近いための匂い?と思ったけれど、あああ、子供のとき嗅いだ空き地のにおい、草の匂いだと気づきました。
右手のずっと続いた空き地の次は軍の施設が出てきます。緑のベレー帽を斜めにかぶったお兄さんたちが道路を掃いていました。写真撮らせてもらっていい?と聞くと、禁止なんだよ、禁止じゃなかったら撮ってもらいたかったけれど、どこか別のところで撮らせてもらってねと言いました。軍の学校ですか?と聞くと、いいや、今兵役中でここに来ているのだと答えていました。トルコでは男性は20歳くらいになると、1年3ヶ月の兵役が義務付けられています。その後は、両脇の木立がきれい。何の木ですかと道路脇に座っているおじさんに聞くと、「ドゥドゥ」という花だよと自分の口を指差して言いました。(注:ドゥドウというのは、桑の木のことだと後で知りました)2ヵ月後に白い花がたくさん咲くよと言っていました。そのころにまた来たいなと思いました。
さてさて、そこで、やっと看板が出てきて、右の小路をずっと入っていきます。大きな石の山、1本の柱。ここで、想像力が必要です。この1本の柱が昔は127本あって、アテネのパルテノン神殿より大きかったのだと。柱の上には、大きな鳥(つるのように見えたけれど?多分、こうのとり)が巣を作っています。(^^)この復元模型は、考古学博物館にあります。この復元模型、へえっと、そのまま通り過ぎそうになりますが、身長120センチのうちの息子だから、見えました。中に、アルテミス像があります。この位置にこんな風に置いてあったのかと実感がわくので、ぜひ見てください。そして、この復元模型をはさんで大きなアルテミス像があります。

威厳のあるその姿。この地方のシンボルのように強く印象づきました。

(写真は、息子の描いたアルテミス像 。体に卵のようなものがたくさん付いているのが特徴なのです。)

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